
日本全国には、ご当地うどんが多々ございます。
その中でも今やブランドといっても良いほどの人気で、コシの強さと食べ方のバリエーションの豊富さで有名になった「讃岐うどん」。
よく当館にいらっしゃる体験道場の道場生や見学のお客様に聞かれるのは…
讃岐うどんはなぜ有名なの?
讃岐うどんの由来を教えて!
ということです。
讃岐うどんのルーツは、その昔室町時代にさかのぼると、言われております。日本各地に伝わるうどんのルーツは、遣唐使として中国に渡り、密教の扇と貴重な お経を納めて帰国した弘法大師・空海が、その当時中国で食されていた『コントン』という小麦を練ったものを茹でて食べる食物をルーツとしている説が有力で す。
また、ご当地香川県の中讃地区の綾南〜滝宮地区では、帰朝した空海がふるさと・善通寺に 帰ってき折に、当時日照りで稲作に苦労した讃岐の人々のために大陸の治水灌漑技術を用いて、日本最大のため池=満濃池(まんのういけ)の構想を母方の従兄 弟と共に農民に伝えたと記されています。この時、人夫たちの労をねぎらい教えたのが讃岐うどんの始まりと言われております。
恐らく、最初は中国のコントン料理だったのでしょうが、伝え聞いた讃岐では、専門の料理人ではなく民衆が容易くうどん打ちが出来るように労力の少なく済む"脚踏み"や"麺棒に巻きつけて打つ"伝統の手法が、各家々に伝わり受け継がれてきたのでしょう。
今でも家に大切なお客様が来るとき、祖父母が手打ちうどんを作ってご馳走した昔を覚えている香川県人の方もいらっしゃるようです。
ところで、現在も色々と伝えられている讃岐うどんの由来があるのをご存知でしょうか?
このように1〜4すべて、うどんには欠かせない素材が偶然そろい庶民の手に入ったのです。しかし、高価な醤油などは、江戸後期〜近代になるまではなかなか庶民の手には入らなかったのでしょう。
さて讃岐うどんには特徴的な通の間で”コシ”と呼ばれるモチモチとした食感があります。煮込んでもなかなか溶けず崩れない、各地のうどん文化とは異なるところが今注目され、人気でなのです。
その秘密は・・・、こだわりの製法にもご紹介する伝統的な塩水・加水にある。
小麦に塩水を加えると、小麦のタンパク分解酵素の働きが阻害され、ゆっくり生地を寝かせる(熟成する)ことで、タンパク質の一種のグルテンが形成されます。そばのように水だけで練ると、小麦は酵素の働きで生地ダレしてしまうのを、塩が防いでくれるのです。
こ れが独特の強いコシを生む製法ですが、練り〜薄く平たく延ばすのが非常に力が必要で、困難であります。空海が教えた大陸の「コントンうどん」を誰でも容易 に作ることが出来る製法が当時、天皇しか食すことが出来なかった高貴な料理、そばの手打ち技法だったのではないでしょうか…。
讃岐の地では、こんぴらさんで有名な金刀比羅宮がありますが、此処に祀られる崇徳上皇は坂出の地に永く幽閉され、不遇のうちに亡くなったそうです。
天皇家の流れにあたる日本の神の中でも平和な神通力をもった神、大物主の神を御神体とする金刀比羅宮に頻繁にお参りされ、心を静めていた崇徳上皇が祀られているのは、当時の民衆の上皇への愛であったと伝えられております。
話がそれましたが、天皇家しか食べなかった「そば」の製法が、小麦どころの讃岐に伝わっていたのはここに確かなようであります。
上皇の献上食にそばが供されたそば打ち料理人が存在し、小麦で打つ麺を完成させたのは簡単に推測できましょう。ただ、そば打ちにはない、生地作りの工程で の”足踏み”。これは現在でも中讃地区の農村部ではご婦人やおばあちゃんが足ふみでうどんを鍛え、もてなし料理を作る風習がのこっているところから、いつ の時代にか非力なご婦人が考え出した知恵なのでしょう。